川の流れに/4 ◇「何かが変わり始めていた」

息子と=森田剛史写す

 信用金庫を辞めることを思いとどまった黒岩基次さんは、「常に前向きでいよう」と誓った。

 「被告」になり、それまで知らなかった世界に接した。民事訴訟法を学び、弁護士とも親しくなった。出廷した裁判所で、競売物件として公示された不動産の安さにも驚いた。「新たな発見が多かった」。99年には監査室長に異動し、昇進コースに戻った。しかし「自分の中で、何かが確実に変わり始めていた」。

 番犬として飼った秋田犬の散歩が、黒岩さんの早朝の日課。利根川の土手からは、対岸の「落合簗(やな)」がよく見える。瀬の音に包まれると、不思議と心が落ち着いた。川で遊んだ子ども時代を思い出す。「そういえば、いつも川がそばにあったな」

 その落合簗が00年、営業を閉じた。経営元の倒産、手入れされず荒れていく簗。「もったいないなあ」と思いながら見ていた。

 裁判で訪れた前橋地裁で、落合簗が競売に掛かることを知った。ひらめくものがあった。「豊かな自然に包まれた環境。自宅からも近い。未経験だが、夏の3カ月間だけの商売。何より、家族みんなで一緒に働ける」

 01年の正月、家族に打ち明けた。妻咲江さんは瞬間、絶句した。「接客経験もないのにできるわけない」「なにも信金を辞めなくても」。途切れ途切れの言葉で抵抗した。ただ、不動産業を営む長男の泰さんは、「おやじがやりたいようにしたら」と言ってくれた。

 前の経営者が残した漁協への未払い金や、国への河川使用料。解決しなければならない問題も多かったが、信金の仕事の傍ら、落合簗の債権者とも交渉した。「訴訟で度胸がついたのか、気後れせずに交渉できた」。そして02年12月、簗の経営権を手に入れた。

 週末は大工道具を手に、簗の改修に汗を流し、伸び放題の草はチェーンソーで刈った。土地建物の取得と改装に要した費用は、信金の退職金を当てこみ、借金した。でも夢には着々と近づいていた。


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(毎日新聞2003年10月18日朝刊から)

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