川の流れに/3 ◇「自分のために家族が傷つく」

妻と=森田剛史写す

 バブル経済の崩壊とともに、北群馬信用金庫の黒岩基次さんは、着実に上っていた階段につまずいた。融資先の建設会社が倒産。債権回収に絡むトラブルで、支店長の黒岩さんらは、被告として4件の訴訟を抱えた。

 「訴訟に専念する」との理由で92年5月、支店長から訴訟処理の担当部に異動したが、実際は、支店の不良債権が増えた責任を取っての降格。本店に閉じこもり、書類作成の日が続く。45歳。「働き盛りなのに」と気持ちが焦った。

 「これまで信金のためと思ってやってきたことは何だったのか」。昨日までの部下が上司になる。同僚たちの態度は、手のひらを返したように、よそよそしくなった。

 融資先の建設会社の社長が、倒産前に役員を連れて追加融資を頼みに来た。「これを乗り切ればうまくいく」と、全員が手をついて黒岩さんに頭を下げた姿が忘れられない。その時、融資の承認印を押したのは自分だ。「だが、あの場で切り捨てるべきだったというのか」

 嫌がらせは、家族にまで及んだ。
 午前3時、電話のベルが鳴る。無言電話。黒岩さんが「いいかげんにしろ」と語調を強めると、「殺すぞ」と、低い男の声。録音して警察にも相談したが、動いてはくれなかった。訴訟がらみの嫌がらせだと思ったが、証拠はない。用心のため大型犬を飼い、「電話には出るな」と家族に言い含めた。外出を怖がり、人影におびえ、やせていく妻咲江さんの姿に、自分を責めた。

 「自分を支えてくれた家族が、自分のために傷つく。これが仕事で家庭を犠牲にした結果か」。そう思うと、情けなくなった。「もう辞めたい」という思いと、「ここで辞めたら負けだ」という意地がせめぎ合う。

 結局、意地が勝った。それでも「家族で一緒に暮らす別の生き方もあるはずだ」という思いも、胸の奥にくすぶり続けた。後に、訴訟が縁で「簗(やな)」と出合うことになるとは、当時は知る由もなかった。

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(毎日新聞2003年10月17日朝刊から)

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